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- SHORT STORIES -

​夏を終わりに

SHORT STORIES #004

夏を終わりに

​Summer Fading Away

 月の上では、動物たちの影踏みが流行っている。

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- PROLOGUE -月の動物たち - ​

 うさぎの影は、見る間に目の前から向こうに行ってしまうし、亀の影はどこを踏んだらよいのか。

 

 新月になると、誰もがほっとする。

- Chapter 1 -八月十七日 東京 - ​

 台風一過、げんこつ入道雲が落ちてくる。

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 午前七時四十四分。東京多摩川のほとり。一時的なものであろうけれど、めっきり涼しくなったと思う。

 ふと、三十年以上前の夏、北海道を自転車で走っていたときのことを思い出す。抜けるような青空。そして涼し気な風。昼間は快適だった気候も夜には、秋のようになり、雨の日には、休憩に入った駅の待合室のストーブがありがたくなるほど寒くなる。晩秋のようでもある、北海道の夏の暮れだった。

 

 農場からもぎたてのトラックから落ちたとうきび、恵那の川のほとりでもらった筋子入りのおにぎり、昆布漁の番屋で食べさせてもらった蛸の入った三平汁。北海道への思いは尽きない。

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 荊棘線や夏を区切るは草の原

- Chapter 2  一九八三年・夏、北海道 - ​

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 五日間、雨ばかりが続いていた。北海道札幌を六日前に出て、二日目からは、ずっと雨だった。一人、雨の中、峠を越えたり、ひたすら人家の見えない平原の中の道路を走った。滝川、富良野、北見、知床、釧路。よく走ったものと思うが、旅を終えるために走っていた。

 地図を見ながら、次の日の目的地を決めて、朝が来たら走る。夕方になって、泊まれそうな空き地や公園を見つける。そうしたら、近くの店で食べ物とビールを買ってきて、夕飯。

 にしんの開きはよく食べた。開きを餅網にのせて、ガソリンのストーブ(調理用の小型コンロ)で焼くと油が米粒よりも小さな、青白い火の玉になって、あたりに弾けとんだ。程よいあぶらののりかたで、カリッとさっぱりとしたにしんはよく食べたし、このぱちぱち弾ける青い光を見ると、心が安らいだ。

※ ※

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 翌日には、東京でのアルバイトに戻るため、汽車に乗って帰る日になっていた。

 道東で迎えた最終日も雨だった。道から、タイヤのはね上げる雨水を車輪の泥除けが受け止めて、水の筋が、小さな滝のように落ちていった。顔に打ち付けるた。るのを、時折見ながら走っていた。

 昨日見た納沙布岬の、最東端というきらきらした売り文句とはかけ離れた、実際行ってみて感じた殺風景さは、地道に一メートル、二メートル、三メートルとひた走る自転車の地味さと似ていた。想像だにできない、冬の寒さを過ごすことを思えば、夏のひとときの暖かさは小さな輝きになのかもしれない。

※ ※

 厚岸に着いたのは、暗くなる一時間くらい前だった。まずは、この町の商店街で食べ物を買ってから、泊まる場所を見つけることとした。

 町にさしかかったころ、ビニールの覆いをまとった(ポンチョ)自転車二人組が水しぶきを上げながら、信号で合流してきた。

同じ店の前で止まり、二人を見ると小柄な外国人の女性と日本人の男性だった。

 「いやあ、よく降りますね」男がカッパのフードをあげると、大雨でずぶ濡れになっているのに、年かさの顔をにこやかに、そして自然に、爽やかな口調で話しかけてきた。

- Chapter 3  二〇一八年・別の夏、東京 -

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 どこへ行っても、また還る。

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 蝉落るつ剃刀替える夏の果て

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 ーー ここで休んで行け

 炎天下、陰のない林道を歩き、やっと一本の木陰に差し掛かったとき、その一本の木が話しかけてきた。水を飲み、佇んでいると、こうして縁をつくりながら、旅をしていくのはいいものだと、ふと思った。

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 風颱風去って

 朝から雲が、あちこちで、わいては散り、わいてはちぎれて、風に吹かれていった。

- Chapter 4  再び、一九八三年・夏、北海道 - ​

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  「いやあ、よく降りますね」

 本当によく降ったこの一週間だった。

 二分ほど、ずぶ濡れになりながらも笑顔の男と、この二、三日の天気の話をした。二人とも、これから、どこへ行くとも話さない。

 奥さんは、カナダ人だという。やはりずぶ濡れでも、はにかんだ笑顔で、日本語で話すぼくたちを見ていた。

 買い物を終えて、別れるとき、男は言った。

  「よい旅を」

  「英語では、こうした旅の別れ際、Have a nice tripと言うのです。いいことばだとは思いませんか」

 ※

 二人は、再び、雨の中に走って行った。緩やかな坂を上りながら、やはり水しぶきを上げていた。

  「よい旅を、か」

  「人それぞれのなかにある旅の思い、これからの旅ににエールを贈られているようだな」

※ ※

 雨のなか、一ときのうちに出会い。雨のなかに消えていった自転車の二人。

 この世のこととは思えず、しばし、スーパーの軒先で佇んでいた。

 少なくとも、彼のことばで、ぼくにとっての、この旅の意味が少し変わった。

- EPILOGUE  誰れも見送らない - ​

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  誰れも見送らない夜

  八月三十一日、東京・神保町。

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 月は何を食べて眠るんだろう。

 

 アイスクリーム?バナナ?いやいや、も少し高級に、マンゴー?

 それとも、牛丼か、豚骨ラーメンか。

 やはり、何を食べても、月の色は濁って欲しくない。すると、シャンパンにメロンか?後に残ったメロンの皮のように細くなって、よくようく、目を凝らして見ると、地球の陰に入っても、うっすらと漏れた光にシャンパンの泡のさらさらと湧くように見える。

 そんな光景ならば、安らかに明日の朝まで眠れるような気がする。

 

 朝起きると、夜勤明けの月が、疲れた顔をしているってことは、黙っておこう。

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つくづく自分は諦めの悪い潔く生きられないかと思っていたが、存外それも悪くない

​2018年 夏をおさめて

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