SHORT STORIES #005
山里の家々 01
Houses in foot of mountain
山里。通りすがるだけのわれわれと、そこに住みつづける人びと。それを見守る家や草木、花たち。立ち止まって、声にもならない話を聞いてみる。
松の家
家の前の松は、ある旧家の家屋がとり壊されたとき、村で一番の腕前の植木屋が移したという。
この旧家の松は、何代にもわたって、丹精をこめて育てられてきた。見る人、世話する人にとっても、その木のたくましさ、美しさは誇りだった。そして、庭に住む諸々の生き物にとっても。ほかにも、植木はあり、移植したのだけれど、ことごとく枯れてしまったという。
松が移されて、三日目の三日月の夜のこと。女の泣く声が聞こえてきたが、姿は見えない。ふと松を見ると、蜥蜴やら蛇やら鼠やらが、木の幹やら枝やらに停まって、月の方向を凝視していたという。
次の日の朝早く、おそるおそる松を見ると、五日前から雨が降っていないのに、松の葉はびっしょりぬれていた。
朝のさいころ
村の駐在さんは、一の目が出ないことを祈りつつ、朝一番にさいころをふる。
一の目が出ると、その日、一日中、どこからも、四六時中、監視されることになるのだという。その日一日の行動の結果によって、大福の折詰が来たり、ペットボトルの水だったり、餃子だったりするという。まだ、自分には当たってはいないけれど、この駐在所に居た先輩の先輩は、次の日に鶏の死骸が玄関に下がっていたという。
その先輩の話では、一緒に居た半年間の間、鶏の話に触れておきながら、その日、何をしていたかは、絶対に話してくれなかったという。
ただただ、お天道様を目にするうち、泪さえ渇れてしまうのでした。
孫の還る日
ーーこの辺に酒屋ありませんかね
ーー昔は、そこが酒屋だったが、もうしばらく前にやめてしまった。犬を散歩にやるところじゃったが、うちに焼酎ならあるで、うちに寄っていかんか。
大きな楠木のある家は、門などなかった。あるように洗濯物を干し、あるように庭木を生やし、水をやる。
息子は、東京の学校に行って、いま、その息子は、大学の農学部で土壌の研究をしている。
楠木の家の爺は、朝と夕方に柴犬を連れて、家から見える坂の向こうの見えないところまで、散歩しに行くという。
朝は畑を見て、昼は、庭に座って犬を見て、暑くなったら、近所のうちに遊びに出かける。いまは五時半。もう、今日はだれも来ない。あんたたちだけじや。もう何日も、外からはだれも来ておらんがの。
薔薇を剪り刺をののしる誕生日 西東三鬼
ーー いっときの命を限りに咲き、朽ちていく花を、今年は、目をそらさずに見られるようになったように思う。
赤薔薇や天使図脇に泥踏みぬ
夏風や幾多の香りに地が動き
ーー 五月二十三日、コペルニクス、地動説唱える
一日の終わりに
やっとこさ、会社から帰ってきたのである。電車の灯りは電球のように黄色く見えてきたと思ったら、西瓜の匂いがするのである。
そんな香水があるのかと、ばかなことを考える。
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