Onsen, Hotspring
in tent site
- Toyama, Aug
山に行っても、行かなくても、温泉はあちらこちらにあるところを見ても、われわれ日本人は、温泉に親しみながら、生きてきた。
雷鳥沢のオアシス、立山温泉
火山国に生まれたからには、地震のおそれは常にある。けれど、そのおかげで、この小さい島国ながら、本州の背骨とも云える、飛騨山脈をはじめ、さまざまな山容をなす多くの山をなし得たというのも日本の特色でもあろう。
そして、火山国には、温泉ーー 'onsen' ーー である。
山に行っても、行かなくても、温泉はあちらこちらにあるところを見ても、われわれ日本人は、温泉に親しみながら、生きてきた。
* * *
火山国に生まれたからには、地震のおそれは常にある。けれど、そのおかげで、この小さい島国ながら、本州の背骨とも云える、飛騨山脈をはじめ、さまざまな山容をなす多くの山をなし得たというのも日本の特色でもあろう。
そして、火山国には、温泉ーー 'onsen' ーー である。
山に行っても、行かなくても、温泉はあちらこちらにあるところを見ても、われわれ日本人は、温泉に親しみながら、生きてきた。
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夏の立山。
盆の四日間、毎日雨にたたられ、撤退して戻ってきた立山の雷鳥沢。テントサイトが湯舟から一望できる温泉。この温泉小屋のポスターにあったとおりの景色が、この湯舟と外のベンチから見えるのが、この温泉の魅力。それとひときわ高い湯温の温泉ゆえ、入ってくる人が少ないのもいい。
はたして、湯舟の湯温はかなり高い。しばらく誰も入っていない、源泉の注ぐ湯は五十度を超えている。すっ裸で、水の蛇口から、全開で水を出し、木の手桶で湯をもむ。
湯舟からは、テントサイトから温泉の玄関に上ってくる小径が下に見える。ということは、小径からも丸見えである。けれど、急いで湯をうめて湯舟に入るのが早いか、向こうから人がやってくるのが早いかの問題である。見られても、相手が不愉快な気になるだろう。さておき、四十六、七度になったところで入ってみる。
ーー 熱い
けれど、がまんできないでもない。湯をまぜると、なんとなく入れるようになる。これは、一人暮らしのころに通っていた、熱い風呂で有名だった銭湯のおかげである。
湯舟に浸かり、雷鳥沢から剣御前小屋のある稜線に広がる緑の斜面のまぶしいこと、美しいことしきりである。
さて、湯のあとはビールである。
汗·雨·ほこりの混じったからだのベールを湯で落とすのは気持ちいいが、僕のたのしみとしては、それは二割五分、三割にも満たぬのである。この日の露天風呂で、一割足して、三割五分。残りの愉しみはやはり、ビールでまったりなのである。
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* * *
のぼせかかるころ、風呂を上ろうとすると、四人組が入ってきた。
足の指三本入ったところで、早くも
ーー あちい、あちい
なのである。二人目は、左手にタオルを持ち、右手のひらの感情線のあたりまでの湯で「アチィ~」なのである。
予想どおり、外湯を知らぬこの男たちは、湯の熱さにひゃーひゃー言っているのである。
ただ、四人組の男前のリーダーっぽい人が知人のS谷さんに似ていたので、勝手に親近感をおぼえた僕は、湯もみを手伝ってあげた、というより、何か自慢げに見せたかったのと、他人と話をしたかったとで。
「いきなり、入っちゃいけないよ。まず、湯をかきまわすと、同じ温度でも入りやすくなるんだ」などと言いながら。
S谷さん似のリーダーは、仁王立ちになって、スマートフォンで仲間に写真を撮ってもらう
ーーこれ、何に使うんですか
ーーま、ま、記念だよ、記念
僕の知っている、見かけかっこよく近寄りがたく見えるが、茶目っ気のあるところもS谷さんに似ていて、可笑しかった。